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- こんなときにはカテゴリー・ゼロだよな、と思いつき、このカテゴリー・ゼロを書く。いやあ便利なんですねえー、これ。
- いや、しかし君あれだよ、今日はなんだか気分が乗らないなーっと思って寿司を食いに行ったでしょう、君、食いに行ったでしょう。寿司。で、一体どうだったんだね。ええ、その寿司は。うまかったか。何を食ったんだ。マグロか。マグロだろ。君、マグロ好きだもんな。ガリも一杯食ったんだろ? ありゃあ無料だからな。君ががっつかないわけないよな。この、ウム、ショウガというものは存外うまいでな、とか言ってたもんな。あとは何を食ったんだ。さ、言ってみたまえ。
- ちょっと待ってくれないか。言葉の洪水をワッと一気に浴びせかけるのは。大体、そもそも僕が寿司を食いに行ったのをどうして知っているんだ。見たのか。僕を見たとでも言うのか。
- 見たんだなこれが。君、もう少し周囲には気を配らねばいかんよ。君がカウンターで一人で食っているとき、君のあとから入った二人の婦人がいたろ。
- いた。
- それからその二人はランチはもう終わってしまったのかと板前に聞いたろ。
- 聞いた。
- そうして板前は三時でランチは終わってしまったと、そう言ったよな?
- そうだ。
- そしてその二人はアジを二枚頼んだ。
- 確かだ。……まさか。
- そう、そのまさかさ。その板前が私だったのだよ!
- 嘘をつくなー。嘘をー。君が板前なわけがないじゃないかー。だってあの板前は、僕にその素顔を晒し、舌打ちをしながら握ってくれたんだぞ。白昼やってきた暇そうなさえない学生に寿司をにぎらなにゃらない彼のことを思っても見てくれよ。そんな板前が、君だって? 大体、姿が違うじゃないか、姿が。
- いいかい聡明な君よ。姿なんてものはね、幾らでも変えられると知るべきだよ。何しろ今日は二〇〇九年なのだからね。
- 二〇〇九年でも無理だと思うよ。
- まあいい、よそうじゃないか、そういう技術的な問いを問うのは。私たちが拘泥しなければならないのはそういうことじゃなく、君が何を頼んだかってことだよ。その、なんだ、白昼やってきたさえない学生は何を注文したんだね? 舌打ちの得意なやせがたの板前であったところのこの私に。
- まずはツブ貝だった。
- やっぱりか! 君は好きだもんなあ、マグロ。
- いやだからマグロじゃないって。ツブ貝だよ。
- そうかツブ貝だったか。ふん。まあいい。ツブ貝はうまかったか? どうだ? 最近学校は楽しいか?
- なんなんだよ。寿司の話が聞きたいんじゃないのか?
- 勿論聞きたい。で、ツブ貝はうまかったのか。
- うまかった。
- 次は何だ。
- 真鯛だ。
- マダイ! これは! マダイとは。
- どうした。真鯛が珍しいのかい。声が裏返ってるよ。
- 珍しいって、そりゃあ君、珍しいだろうよ。だってそのマダイ、旬のお魚指定されていたろ?
- 君は何でも知っているなあ。正解だよ。旬のお魚だった。
- それ。じゃあ、値段はどうだ。三百円だったのじゃないか?
- それも正解。ねえ君。君は一体どこでそれを知ったんだい? 余りに詳しすぎるんじゃないのか。やっぱり僕のあとに店に入ってきた二人連れのご婦人の内の片方が、君だったんじゃないのか。
- おいおい、よしておくれよ、君、私は白昼寿司屋に行かないよ。白昼寿司屋に行く。これは尋常なことじゃないからね。例えば……、そうだな、例えば心に深い傷を負ったものが魚の脂でその傷を癒す。それが白昼の寿司屋じゃないかと私は思ってるね。例えばマグロとか。
- マグロは関係ないだろ。それに、君も大概に、白昼に寿司屋に行く人を馬鹿にしすぎだよ。みんな、そんなに悪い人じゃないよ。悪い人じゃないんだよ。ただ、ちょっと、その、へへ、疲れちゃっただけなんだよね。日々っていうか、日常に?
- ……その言い方。自己弁護をする人間の言い方だ。
- んもう別にいいでショ! 僕だってたまにはお寿司がたべたくなるんだよ! だから行ったの! たべにいったの! ぼく何か悪いことした?
- いいんだよ。もう頑張らなくても。君はもう十分頑張ったさ。そうだよ。誰だって白昼寿司屋に行きたくなるものなんだ。ううん。それは弱いっていうことじゃない。もちろん悪いことでもない。板前さんに舌打ちされてもそれを気に病む必要はないんだ。きっとその板前さんは舌打ちをするのが癖なんだ。それに君が心にわだかまりを感じること自体は、良いことでもあるんだ。それがあることによって自分の行動を疑問視し、板前さんの心中を察して心を痛めることができるんだ。そのわだかまりがあることによって君はまた日常に帰ってくることができたんだ。だから、それは悪いことではないんだよ。
- そう……か……。
- そうなのさ。
- ところでその板前は君だったということになっていたけれどじゃあなんで君は舌打ちをしたんだい?
- なに、暇そうな若者が癪に障ったのさ。