ゴルギアスギリシア人である。それも、紀元前からの。
 彼の家系は怪異と闘う戦士の血族であった。彼の父も戦士だった。彼の祖父も、戦士だった。そうして当然、ゴルギアス自身も、戦士としての教育を受けた。三ツ首の竜を殺すため、骸骨の兵士を砕くため、火を吐く巨人を黙らせるため。彼と彼の一族は、鍛錬を惜しまなかった。剣の腕を磨いた。馬術を鍛えた。操舵術も、統兵術も研究した。ゴルギアスの一家は、ありとあらゆる戦闘術の実践者であり、研究者であり、伝承者であった。
 しかしある時――、ゴルギアスは今でも時に思い出す。ある時、彼と彼の一族は、歴史の伏流へ潜ることを強いられた。吸血者の襲来であった。しかし、力尽くの戦争があったのではない――、吸血者たちは、社会的に彼と彼の一族を葬ったのである。彼らは巧妙だった。ギリシアの地方に住み着いた吸血者の何人かが、アテナイ国政の実権を握ったのである。何人ものソフィストについて弁論術を学び、デルポイの神官を言いくるめ、彼らは、ついに為政者の位に仲間を送り込むことに成功した。
 ゴルギアスの家系は、何世代にも及んで吸血者たちと闘ってきた。一人殺しては二人殺され、館を焼き払っては秘術を盗まれた。ここにおいて青年のゴルギアスは、かつて彼の一族の体験したことのない辛酸を嘗めることになる。あろうことか、一族がアテナイを追われるというのである。彼と彼の父は憤慨した。
 「何故に我が一族が国(ポリス)を追われるというのか」
 「アテナイ人諸君、君たちを先導しているのは我が一族が戦ってきた怪異である」
 しかし悲しい哉、彼らゴルギアスの一族は弁論術を軽んじてきた。否、吸血者たちのそれが彼らを上回ったと言うべきであろうか。
 「この平和の支配するアテナイには血まみれの一族は必要ない」
 「他の国(ポリス)と戦うときにも乱神の力を使うものの手は借りない」
 弁論術に長けた吸血者たちに先導されたアテナイの民衆、彼と彼の一族が命を懸けて守ってきた民衆が、彼と彼の一族をアテナイから追い出す結果となった。ゴルギアスは思い出すたびに憎悪で狂おしくなる。今までの戦いは一体何のために――。
 しかるに。新宿の街を抜けて電車に乗り、深夜の横浜港から機械仕掛けの船に乗って、船室の薄暗い明かりに照らされながらローマを目指す彼の隣で眠っているのは、平安生まれの吸血者――ジキドウ・コウザンである。彼よりも一千年は若造の、青二才の吸血鬼である。
 「因果なものだな」
 ゴルギアスは自嘲気味に呟いた。あれほど憎かった吸血者と同じ部屋で眠ることになるとは――。
 そうなのだ。と、ゴルギアスは自分に言葉をかける。そうだ。全ての吸血者が憎いわけではない。特にこのジキドウは、私を故郷から追い出したあの者たちとは違う。
 両目を閉じて静かに寝息を立てるジキドウに視線を投げかけると、彼は黒のコートを翻して甲板に向かった。まだローマまでは時間がかかる。彼は、昔の嫌な思い出を海風で洗い流そうと思った。

  • ま、ギリシャ国政の時代考証はあんまり考えてませんが。
  • ちょっと寝ようかしら。
  • それにしても今日は分量が多いですなあ。-19,34