実家に行ってきたという話

  • この紫本に書くことで、この度の帰省を振り返っておこう。そんなに、誰が見ても面白いようなことはなかったけれども、まあね、良くも悪くも日記だし。別に日記だといい、っていうこともない気もするけど。また、少々学校的なことにも触れるかも知らん。
  • まず、金曜日。この日は一限から授業だった。一限で、このあいだのコンピュータを導入して機器の信頼性を向上させる、という話の続きを聞く。そしてレポートを課される。仕方あるまい。で、二限。二限終了。そのあと、学食の時間を避けて学食に行った。南部の方に行き、カツ丼を食べた。おお、結構覚えてるな。それで、ええと、また戻ってきて、四限からの授業のための予習をする振りをしているばかりでろくすっぽ進まないでいたら隣に座ったおにいさんに何事かを言われ、くふう、これからは怒りを込めて、祈るように、予習をしていくという決意を心新たにした。そんな、だから、おれは木曜日にもなんかあったわけで、その、何か最近数日おきにレジュメを作るような感じになってるから、その、ごめんなさい。そういうわけだな。
  • 四限からの授業は午後五時過ぎに終了。で、この日は本来だったら参加しておきたい催し物があったのだけれど、おれは実家に向かう。午後五時十分頃に研究室を出て、午後六時前ぐらいの新幹線で東京に。で、ここでしくじったのだけれど東京駅から東西線大手町まで徒歩で移動して東西線日本橋へ、そして日本橋から銀座線で浅草まで行って東武日光線に乗るというヌルい手筋を打つ。あとで分かったのだが、それなら東京駅から山手線で上野まで行ってそこから銀座線に乗ったら良かったのだ。で、結局午後八時三分頃に浅草駅に着くことになり、午後八時発の特急に乗れない。ので、午後九時発の特急で実家へ。結局着いたのは午後十時半だった。
  • で、食事をして、風呂に入り、寝る。が、寝られなかったので家族のための書き物を書く。で、午前六時半に寝て午後一時十分過ぎ頃に起き、飯を食って、午後四時頃に実家を離れる用意をする。で、結局午後五時三分頃発の特急みたいなので池袋まで移動する。で、午後七時前、高田馬場でこいこいさん・y. K. の三人で集合してお好み焼きの食べ放題に行く。お好み焼きともんじゃを合わせて、三人で十八枚を食べる。我々はこれを、九回を投げる、という風に、比喩で語っていた。y. K. がクローザーだった。でも我々は最後の一枚半ぐらいは無かったことにしておいた。食べ放題の飲み放題で、確か値段は 2625 円だったと思う。そうして午後十時、人々の喧噪に巻き込まれながら空を見仰ぎつつゆっくりゆっくり雀荘の方へアップローチしてみる。食い過ぎて歩けなかったりもした。でも何とか着席して、午後十時半頃から三人で麻雀をする。途中からサバイバル・モードになった。で、それで、そうして、そのまま日曜日の午後二時半頃(或いは午後三時半頃)に麻雀を切り上げた。で、y. K. の勉強会のことに関してちょっと話をして、解散したのだった。ま、多分もう年内には麻雀は出来ないだろうなあ。色々と、日程的にね。
  • えーっと、それで、それから、そのままおれは本屋に行ってみたりなどして本を買ってみたりなどして、結局、ええと、午後六時二十六分頃に山手線で品川駅に移動し、そこから新幹線に乗った。そこからはよたよたしつつもこの部屋に帰ってきたのだな。午後九時三十八分に部屋に着いたということが記録してある。そのあとはネットを使わずにいたあいだに更新されていたネット上の情報などを確認する。でも眠すぎて度々寝落ちするほどだったので(普段は寝落ちすることなどないのだけれどねえ)、風呂に入って寝た。
  • という感じの話かな。