私の日常に於けるドラマチックな勝利は空しいものだ

  • ……先程起こったことをお話しします。
  • さっき、おれは喫茶店から帰ってきた。腹が減ったから食おうと思って退散してきたのだ。流しの下の扉を開け、無洗米のビニール袋を引っ張り出す。と、その袋に入った米の表面を素早く動く焦げ茶色の影が。「や……、ヤッロウ……やってくれやがって……!」おれは怒った。ここでの正解行動はこれであると思ってレンジの上のティッシュボックスから一枚、紙を引き抜いた。それでつまんで握りつぶしてやろうというのである。だが、米の上で走る奴を捉えることは出来なかった。その内、奴は米の入っているビニールから出て、米の入っているビニールと更にそれを包んでいる大きなビニール袋のあいだに入っていった。袋と袋の狭間に入ったのだ。どうやら一番奥にいるらしい。「そこが……、お前の、終着点デッドエンドだッ……!」おれは叫んでいた。再び米の表面に触れることを禁じるために内側の米の袋の口をしっかりと閉じ、その上で、二重の袋全体の口を締め上げた。自然、袋と袋の狭間は狭くなる。奴は身動きが取れない。「クッ……、固いだろう! そうだ、米は固いのだ!」おれは叫びながら米の袋に向かってふぞっ、ふぞっ、とチョップを浴びせかけていた。奴はダメージを負ったようだった。そうしてとどめに奴の胴体をねじ切った。指で。袋の上から。空しい勝利だった。そうしておれは奴の体液をティッシュで拭いつつ、米の袋を覆う袋を取り替え、米の表面近くを計量カップで掬って捨て、三合の炊飯を仕掛けた。これからは米の袋の口を縛って保管することにする。流しの下の空間の機密性を高めるという方針は採れない。コストが高すぎるからだ。おれは他に、流しの下でむき出しになっている食材のことに思いを馳せた。乾麺……。スパゲティと蕎麦か。……詮もないことだ。
  • オ〜ゥ、ファロダビソゥ、カロォダァー……。