これはまだパズルか、或いはパズルの出来損ないでしかないが、少しだけ考えたことがあるので書いておこう。

 私たちは過去から未来に向かって時間軸の上を動いていくのだとしておく。それが正しいことだかは知らない。さて、私たちが過去から未来に向かって動いていくのは、私たちが住んでいる場所のせいだということにしておく。宇宙の他の場所では別の方向に向かって時間が進んでいるものとしておく。

 さて、問題はここからで、果たして私たちから見て未来の時点から過去の時点に向かって動いていくものと私たちが出会う時、何が起こるのだろうか。また、どのように見えるのだろうか。先程は、時間が過去から未来に向かって流れて行くのは私たちが住んでいる場所の特性だということにしておいたが、丁度、その場所、領域の境目に君は立っていて、その境界の向こう側は、私たちの場所とは逆向きに時間が進むのだ。

 きっと、その教会の向こう側では林檎が坂道を急に転がり登り、速度を緩めると今度は不意に中空に飛び上がる。そうして枝葉の先にくっつく。君が飽きずに観察するとしたら、その林檎は次第に赤みを失い、寧ろ青みを増し、次第に小さくなっていく。まあ、この辺はどっかで読んだような情景ですね。

 植物のようなものであれば、まあそういうことも想像できるかな、という気もするが、さて、人物であればどうなるのだろうか。先程は設けた「境界」というものも取っ払ってしまおう。彼女は君に徒成すもので、君が後年害を与えた人物だ。君は、将来に於いて、若かりし彼女に害悪を為した。だから君を恨んで、君に危害を加えようというのだ。壮年の君は腕っ節が強いから、彼女は、幼い君を殺そうと考えた。だから彼女は現在の君の隣を通り過ぎ、君が子供になってしまうまで待っている。君が本当に赤子と言えるまで若返ってしまうまで彼女が生きながらえるかどうかは不明だから、彼女はきっと、まあ君が初等学校に入る前に君を殺そうとするだろう。

 ところで君は学校に入る前に殺されそうになったことがあるだろうか。もしもあるのだとしたら、それはきっと彼女の仕業だ。だが、殺されそうになったことがなかったとしたら? 彼女は君を殺そうとしなかったのだろうか。よく分からない。

 ところで彼女が将来だか過去だか分からないが、兎に角幼い君を殺したとしよう。そのとき、彼女は復讐を果たしたはずだが、さて、幼い頃に殺されてしまった君は、そのあと彼女に害悪を為すことが出来るのだろうか。害悪を為したからこそ、彼女は君を殺したはずなのだが。

 時間軸上を私たちから見て逆行していく彼女は、私たちの記憶を私たちに断り無しに作ることが出来るように思われる。道の向こうから彼女が歩いてくる。彼女と君は、今は、向かい合って監視し合っている。しかし、君は唐突に彼女に殴られたことを思い出す。それは君にとっては十時間前の記憶で、彼女にとっては今から十時間後に対して持っている意図の結果だ。これは、私たちは自分の有する記憶というものに対してマスタリーを有しているという直観に逆らう。

 では、もしも彼女が今から彼女にとって十時間後に君を殴ろうとしていて、君が今から君にとって十時間前に殴られていて、君が彼女に殴られた記憶を持っているのなら、君は彼女に何かをされた全ての記憶を既に有している、と考えるべきなのだろうか。

 話を単純にする為に、設定しよう。君にとっては、t1 から t2、t2 から t3、t3 から t4、という具合に時間が進んでいくとする。彼女にとってはその逆だ。で、君と彼女はt1 から t2 のあいだ、そして t3 から t4 のあいだだけ出会っているとする。t3 から t4 のあいだに、老成した君は、幼年の彼女に危害を加える。それを恨んで、彼女は t1 から t2 のあいだに、幼年の君に危害を加える。この時彼女は老成している。

 こういう風に君の記憶の歴史を初めから設定すると、何も問題が起こらないように見える。これは正しいかも知れない。

 さて、t1 から t2 のあいだに、彼女が君を殺すことは可能なのだろうか。もし出来るとすると、t3 から t4 のあいだに彼女に危害を加えた人物は君では有り得ないような気がする。だから、これはきっと矛盾しているのだろう。(でも、こんなのはタイムトラベルのパラドックスのお定まりの困難であって、さして特別な興味を惹くものではないようにも思われる。)

 矢張り時制言明に関する実在論を採っている時点でこの問題は大して面白くないな。やっぱり、これからどうなるのか当人に分からない、というのをまともに取らないと駄目だ。と思う。

 今度は、t2 から t3 のあいだ、君が彼女と会っているとする。これまでの時点で、君は彼女と会ったことがないと思っている。勿論、これから彼女にもう一度会えるかどうかに関し、君は予断できないと思っている。さて、彼女は君に恨みを抱いていて、君はそのことを知っているから、何とかして彼女が君を殺すのを止めたいと考えた。だが、君はその時点まで生きてきているのだから、これから彼女が君の時間軸を遡って行ったとしても、君を殺す可能性はないのではないだろうか。なぜなら、君が君の過去に於いて殺されていたとしたら、君は今生きていないからである。ところで、君は彼女にもう一度会うはずである。なぜなら、彼女は彼女の過去に於いて君と出会い、君に危害を加えられたが故に恨みを抱いているからである。また、君は将来に於いて、若かりし彼女を殺すことは出来ないはずである。なぜなら、君は彼女と今会っているのだから、未来に於いて彼女を殺すことが可能だとすると、その場合、今君は彼女と会っているはずがないからである。

 さて、君が今彼女と出会っているということは、宿命論を構成するように思われる。というのも、君にとっての未来時制言明「君は彼女を殺すだろう」は、君が殺そうとしようとすまいと、偽であり、君の殺そうとする努力は実を結ばず、君が殺すまいという善行を行おうとする努力は余分だからである。また、彼女にとっての未来時制言明「彼女は君を殺すだろう」も、同様になるような気がする。

 ところで、彼女にとっての未来時制言明「彼女は君を殺すだろう」は、君にとっての過去時制言明「彼女は君を殺した」である。この二つの言明が同じものだというのは、ちょっとよく意味が分からないが、ともかく真理条件は一致するはずである。だが、それ以上に奇妙なことが起こりそうなのかどうか、私には分からない。

 矢張りまだ出来損ないのパズルといった所だろうな。まあしょうがない。