文章練習

  • それにしてもあれだ。twitter が流行り、これまでより多くの人が自分の日常のことを、もう少し言えば個人情報的なものを惜しげもなくネットの海に乗せるようになった。それだから、そうだなあ、僕も何事かもう少しヴィヴィッドなことを書いていこうかとも思うけれども、しかしそんなことを書いて何になるのか。仮に私が楽しいのであるとしても、他の人は楽しいのかなあ。さて、それでは、僕は文章の練習をしよう。そうだ、それがよい。そうしよう。そうしようではないか。ああ。そうしたらよいのさ。
  • と言いますか、このことは昔この紫本に書いたことがあるけれども、僕には文体があった。つい最近まではあったように思うし、さっきもその文体で書くことが出来たように思う。と言いますか、僕は自分がその文体で書けないと感じるととても嫌である。が、普段、普段と言いますか学業系の方面ではその文体はかなーり封じられているのである。と言いますか、おれとしてもそういう風に書かずに済ませたつもりだたのだけれど、新しい指導教官に文体を変えるように言われたのだった。いえ、その、それでアイデンティティを奪われたように感じたというわけでは全くないのですが、やっぱり学業系の方面では使う文体をそれ用に錬磨せねばならないですねと。そういう風に思ったのだった。
  • それにしてもギリシア喜劇と、ダンセイニと、内田百輭が読みたい。僕は読みたいんだ。と言いますか詩が書きたい。ちょっと捻ってみるか。そういうものを恥ずかしげもなく書いていくのが大事。多分ね。自分の個人情報を書くよりはずっと生産的であろう。と言いますか twitter でつぶやくようにして詩を書いたらよいのだと思う。そういう風に考えてみるのだ。それも楽しいことではないか。
  • ま、直ぐに書くというわけでもないのだが。寝るし。